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紙端国体劇場様の二次創作です。ご本家、実在物とは一切関係ありません。
内房線、開業101周年おめでとうございます。

 そぼ降る雨の中を、ただひたすらに待っていた。風が雪を払い、梅がふくらみ、徐々にあたりが色を増やしていく中で、黄色だけが鮮やかだった。ただ己は何しろ己でしかないので、花を愛でることも風を受けることも、雨に打たれることも出来はしない。己はただ待っていた。
 そこはコンクリートを打ち、屋根を架けて椅子を置いただけの簡素な駅だった。駅舎があるにはあるがヒトがいたためしがない。南北に伸びた線路も、貨車を牽いた機関車が時折通るだけだった。己はただずっと待った。月が沈み、陽が沈むのを、何度も何度も繰り返し、いつしか数えるのも倦むほどに。
 己が何であるかは知っていた。それは自明であった。しかし何者であるかを知るには己はあまりにも己であり、故に己はただ在った。在ることが己なのだと、いままさにここに在ることそのものが己であるとそれだけを知り、駅に揺蕩い在り続けた。
 雨上がりの宵だった。月が満月より少し欠けていた。線路脇は一面の菜の花、月に映えてそれは輝くようだった。己はそこにあり、いつとも知れず待っていた。待っていれば、待ってさえいれば、いずれその日がやってくると固くかたく信じていた。夜の歩廊でたったひとりで待ち続け、菜の花をただ眺めていた。少し青臭いような菜の花のにおいが鼻をくすぐり、おのれは風が吹くに合わせて花茎が揺れるのを、厭かずにずっと眺めていた。寄せて返すきんの波、まるで春の海のよう。眺めているうちに眠くなり、おれはすうっと寄り掛かった。
 こつり、と頭が横にかしいで、おれは気が付いた。誰かが隣に座っている。濃い紺色の洋袴の足が放りだすように伸びていた。革靴のかかとをふみつぶして、だらしがないなあと思った。けれどもよっかかってしまったのは自分なので、あやまろうと俺は頭を上げた。
「おおおおおーい!」
 ふいに声が聞こえた。いっしょに機関車の汽笛の音がぴいいいいいいやあああああああとたかく長く鳴って、夜なのにとびっくりしてホームの端へと走って、そうしてやっと気がついた。手があって、足があって、目があって、鼻があった。
「ここだよおおおおお!」
 俺は一所けんめいに叫んだ。叫ばなくちゃならないんだと思った。必死になって手を振ったら、動輪の大きな音にまぎれて、いました見つけましたあ!という声が聞こえた。あっというまに機関車はちかづいて、客車を一輌だけ牽いて入線して止まった。
「見つけた、ここにいたんだね」
 客車からすごくえらそうなおじさんが降りてきて、俺をぎゅっとだっこした。ひげがくすぐったかったけれども、きさらづ、と呼んでくれたから、この人がそのひとなんだとすぐにわかった。はいと返事をしたら、ありがとう、と言ってくれた。機関士のひとも機関助手のひとも頭をなでてくれて、ありがとう、はじめまして、いらっしゃいと言ってくれた。俺はすごくすごくうれしかった。ずっと待っていたんだ。やっとその日が、待っていた日が来たんだ。
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