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今日何を読んだ、面白かったレベルの読書感想文メイン雑記
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■注意■
一次妄想ですが、
紙端国体劇場様の鉄道擬人化ありきの妄想です。
御用のない方はスルーを推奨致します。

小湊と野田と久留里と演習線の最初の話。オムニバスっぽく。
松戸が絡まないのがどうにも。

 試運転の無蓋車両から大人たちに続いて飛び降りて、とっとっとっとついていくものだから、下志津は思わず襟首を掴んで引きとめた。
「なにすんだよぅ」
「なにすんだじゃないよ、どこお行き?」
 棒のように細い手足に、目ばかり大きな子供だった。猫みたいな目ン玉だと顔に出さずに驚いて、下志津は子供の両脇に手を入れて持ち上げた。賢い猫は体を丸めるというけれど。子供が体をうんと丸めて繰り出した蹴りを、下志津は腕を伸ばして避けた。
「ご挨拶なことだね。まずは名乗るもんだよ」
「おまえから名乗れよ、あとおろせ!」
「こりゃ失礼」
 じたばた暴れる子供を抑えるのは厄介だが、経験がないわけではない。視線の位置まで子供を持ち上げ、下志津は踵を合わせた。
「帝国陸軍交通旅団隷下鉄道連隊演習習志野線、下志津支線」
「……………………」
「名乗れ」
「…………………。こみなと」
 にぃーっと唇の両端を吊り上げる。そのまま手首をくるりと返して、小湊を左肩に座らせた。
「まったく、待ちくたびれたよ!こっちは気が気じゃなかったね!」
「まってた?おれを?」
「あたりまえでしょー?」
 下志津はけらけら笑った。そうして連隊司令部連中や会社の人々がなにやら寄り集まっているところへ、下志津は歩き出した。小湊が髪を掴むものだからこめかみが攣れて痛い。けれどもひどく愉快な気分だった。
 敷設完了を宣して試運転までこっちの体を持たない路線なんて、今までひとりもいなかった。まったく、呑気者にもほどがある。ここまで神経が太ければ、今は雨上がりの仔猫のような痩せっぽちのこの子供も、きっといつか一廉の路線になる。下志津は息を吸い込んだ。
「おとーーーさーーーん、出ーーーたーーー」
「馬鹿声出してんじゃねえ!」
 怒鳴った習志野だってどうせ喜ぶに決まっているから、痛くもかゆくもない。

 

 ぎゃあああああとひどい叫び声が聞こえて、習志野は即座に身を翻した。炭水車から誰かが転げ落ちたのだとわかり、まずは怪我の状態を知る。叫んだ兵士は怪我らしい怪我もなかったが、中、なか、とだけ言って炭水車を指差した。
 普通軌道の炭水車はやはり大きい。石炭部分が無蓋なのは幸いだった。ふちに手を掛けてつま先で壁面を蹴って弾みをつけて、習志野は炭水車に乗り込んだ。兵士が叫ぶわけだった。子供がひとり、石炭にまみれてすやすや眠っていたのだから。
 癖っ毛の子供は大の字になって丸いお腹を穏やかに上下させ、いかにも幸せに昼寝していた。は、と力が抜け掛けて、習志野は気を取り直して膝をついた。このままここに放っておいたら、子供の肌なんてすぐにタール負けしてぼろぼろになってしまう。
「ほら、起きろ」
 抱き上げて軽く頬を叩くと、子供はうっすら目を開けた。間違いなかった。この、まさにこの竣工間際の路線そのものだった。子供はぼんやり習志野を見ると、へにゃりと笑った。
「野田だな?」
「…のだだよー…」
 そうしてまた目を閉じた。
 あとはもう声を掛けてもゆすっても起きはしなかった。逆さにして怒鳴りつければ起きるだろうかと思ったが、さすがに気が引けて、習志野は野田を抱えなおした。左肩に担ぐようにして、炭水車から飛び降りる。着地の衝撃で起きるかとも思ったが、やはり野田は起きなかった。興味津々の下志津が野田の頬をつついても、やっぱり目を開けはしなかった。
「取り敢えず風呂ですかね?」
「…ゲット持って来い」
 気が済むまで寝たら、起きるだろう。話はそれからだ。

 

 雨が降っていた。雨城の異名そのままにそぼ降る雨の中の敷設作業を、習志野は目深に被った制帽の庇の下から眺めていた。
 軍属である以上、傘は差せない。外套を掻き合わせても露出した肌に当たる雨はもう針のような冷たさだった。そんな雨の中で敷設は続けられていた。この程度の天候で作戦行動を停止するわけにはいかないからだ。
 ふと、外套が重くなった。習志野は視線を落とした。いつの間にか子供が傍らに立っていた。ちょっと見当たらない、灰色に近い髪だった。習志野の外套を掴んで、子供は敷設作業を一心に見ていた。
「くるり」
 習志野は呼んだ。びくり、と子供の肩が揺れ、顔が仰のいた。三白眼気味の大きな目だった。習志野は上体を折ると、子供の手をほどいて掬い上げ、外套にすっぽりとくるみこんだ。
「待っていたぞ」
 習志野が告げると、久留里はぽかりと目と口を開けた。そうして少し置いて、なみだがひとつぶ零れ落ちた。小さくしゃくり上げたと思うと、久留里は手放しで泣き始めた。
 首に久留里をしがみつかせ、習志野は背を撫でてやった。頭をすりつけるようにして力の限り、久留里はしがみついて泣いた。泣いて泣いて気が済むまで、泣き疲れて眠るまで、習志野は久留里の背を撫でつづけた。

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