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■注意■
一次の艦船擬人化と紙端国体劇場様の鉄道擬人化のミックスです。。
御用のない方はスルーを推奨致します。

北条君(=内房線ミディ)、進水式へ行くの巻。
結構ながくこねまわしていた話です。






「長門型二番艦、戦艦、陸奥にございます」
 優雅に右足を引いて一礼すると、彼女はまっすぐに腰を落とし、北条の前に膝をついた。


 蘇我から房総、千葉からは総武も加えて三人で中央、東海道と乗り継いで、品川駅からたったひとりで初めて千葉から外に出た。下っていくというのに進行方向の左手に海を臨むのは北条にとっては不思議な気分だ。海の向こうにうっすらと、時にくっきりと対岸が見え、そこには自分が、自分の本体があるのだと思うと、どうしたって車窓から離れられなくなる。そうして横須賀駅を降りると、当の横須賀線と背の高い女性が待っていた。
「来たか」
 横須賀は磊落に笑って手を振った。傍らの女性がまったく知らないひとだったので、北条は目をしばたたかせた。
「迷わずに来られたか?」
「はい、房総と、総武さんに品川駅まで送ってもらって、それから横須賀さんの車両に乗ってきました。えと、こちらはおふねの方ですか?」
「ご推察通り、海軍のモノです。初めまして」
 頭を下げる北条に、彼女はゆったりと微笑んだ。フネには女性しかいないのだと聞いていたのが幸いした。失礼のないようにしなければならない。海軍に招待された身なのだし、なんといっても、自分は千葉の鉄道を代表して来ているのだから。
「北条線です。このたびは、おまねき、ねき、いただきまして、ありがとうございます」
「こちらこそ遠くよりお越しいただき、誠にありがとうございます。あの子も北条線様にお目にかかるのを、それはもう楽しみにしているのですよ」
 北条と名を変える前の最後の冬だった。木更津と名乗っていた少年は、ひとりの少女に引き合わされた。彼女は建造中の軍艦で、まだ名を持っていなかった。直接会うことは無かったが、手紙で、また電信で互いの消息を連絡しあい、やがて北条のもとに一通の封書が届いたのだ。錨に桜の紋章が捺されたそれは、進水式の招待状だった。
 北条が知っているおふねのひとは二人だけだ。名もない彼女と、佐世保の肥前。肥前は銀髪の異国の風貌だった。いま目の前にいるひとも、どこか異国風なのだった。すうっと通った鼻筋に、黒と思われた髪は陽に透けると金色に輝き、よく見れば目も同じ色だ。ついまじまじと見てしまって、北条は横須賀に軽く小突かれた。
「まずは今日のねぐらへ行こう。それから飯。こいつらが海軍の飯をご馳走するとさ」
「横須賀さんのお宅ですか?」
「ご不満?」
「ううん、俺、楽しみです。お泊りって、総武さんと房総のとこしかしたことない」
「総武と一緒に寝てんのか?」
「総武さんは別の布団です。房総とは一緒に寝ます、あと久留里も」
 横須賀が酢を飲んだような顔になったのは何故だろう。


 同じ半島だというのに、東京湾の西側は東側となにもかも異なっていた。房総側は遠浅の瀬がどこまでも続いて、大型船は岸に近付くことも出来ない。だが三浦半島側は巨大な船舶が何隻も行き交い、資材を満載した貨物車両が線路に長い列を作るのだ。沿線の多くを漁村が占める北条とはまるで違う。なによりも横須賀は海軍路線だ。鎮守府を抱え、造船工廠を抱え、それらに勤める人々の生活を抱えている。
 ふたりがかりで沿線を案内してもらって、北条は頭がのぼせるようだった。布団に入っても寝返りを打つばかりだったが、いつのまにか寝入ったらしい。上掛けを引っ剥がされて、北条は進水式の朝を迎えたのだった。
「名代の宮がご臨席なさる」
 貴賓席を指して横須賀が言った。
「命名して、あのロープを鉞で切って、フネが滑って降りるだろ。水に浮いたら万歳だ」
「おっきなフネですね」
「おうよ世界でいちばんでかい戦艦だ。でかくて強えんだぜ」
 横須賀が仰ぎ見るのに合わせて、北条も目の前のフネを見た。よく知る軍艦色ではない、赤いペンキを施された戦艦は、まるで城だ。これがあの、小さな彼女なのだろうか。
 周囲は正装のえらいひとばかりだった。全通もしていない半人前の自分が、こんなところにいていいのだろうか。戸惑う己を北条は叱咤した。総武さんならこんなときどうする?房総だったら?
 粛々と式は進み、彼女の名が披露される。軍艦マーチにくす玉が割れて、紙吹雪とともに鳩が飛び出した。こぉーん、と高い音がして、ぎりと艦体が軋んだ。ほんのわずかな揺れから始まって、すぐに勢いをつけて走り出し、台木に塗りたくられていたグリスが煙を立てる。耳をふさぐ間もなかった。まるで丘ひとつ発破で吹き飛ばすようなすさまじい音を立てて、戦艦は水面へと滑り降りた。
「っぷ」
「大丈夫かあ?」
 着水のしぶきをもろに顔に浴びて、北条は息を吐きだした。もっとも、折角の紋付を頭からずぶ濡れにした奥様方も多かったから、まだましなのかも知れない。笑う横須賀は北条の頭に手拭を掛けて乱暴にかき回した。
 随分と長く、頭を拭われたように思う。されるがままになっていたが、さすがにもういいです、と伝えようとした時だった。目の前が明るくなると、そこには誰もいなかった。ヒトは誰もいなかった。
 ぐるりと見回し、北条は知った。横須賀のほかは、囲んでいるのは全員、フネだ。
 そろいの詰襟の上衣に、少し長めのふんわり膨らんだスカート。太陽の光をそのまま糸にしたような金髪から、鴉の濡れ羽の黒髪の乙女まで、自分と房総のようによく似たふたご、みつごも何組か。全員が女性で、全員が目が覚めるほどうつくしい。
 呆気に取られる北条の前から、横須賀が半身を引いた。昨日から世話をしてくれているあの女性が、日本人形のような面差しの、切れ長の目許の涼しい若い女性の手を引いて現れる。ぱっつりと顎の線で黒髪を断ち、詰襟からすっと伸びる首筋が、ほんのり紅く染まっていた。
「長門型二番艦、戦艦、陸奥にございます」
 優雅に右足を引いて一礼すると、彼女はまっすぐに腰を落とし、北条の前に膝をついた。
「無事、この日を迎えました。これより艤装に入ります。そののち公試を経て、佐世保へ嫁ぎます」
「………なんで」
 にいさま、と呼びかけられ、北条はやっと声を絞り出した。だって彼女はおとなだった。前に会ってから一年も経ていない。自分よりも小さい、本当にちいさな女の子だったのに。自分はあれから、ほんの少し手足が伸びただけなのに。
「進水をもって、私たちは成人するのですよ」
 だれかが言った。誰なのだろう。陸奥は微笑んでいた。直接会ったのは一度きり、でもこんな顔で笑ったりはしなかった。
「佐世保へ行く前に、にいさまにお会いしたかったの。進水するところを、にいさまに見てもらいたかったの」
 おとなの声だった。なのに自分を兄と呼ぶのだ。
「…………俺をおいてくのか」
 自分の言葉に、北条は驚いた。そうして納得した。陸奥は友達のはずなのに、早足でひとりで大人になって、北条を置いて行ってしまう。それはとても、とてもひどいことのような気がした。
「わたしたちは、そうね、十五年もしたら古くなってしまいます。三十歳なんておばあちゃん」
「たった三十歳じゃねぇか!」
「三十年もあったら、わたしより大きくて、わたしより強いフネがいくらでも生まれるわ」
 わたしたちはきっと、にいさまより機関車の皆様方に近いのだわ。言われて北条は気が付いた。北条は路線、線路であり、書類上の運転区間だ。対して陸奥は軍艦、フネという機械そのものなのだ。
 知らず、北条は陸奥の両手を握りしめた。男の自分より、ずっと大きな大人の手。陸奥が膝をついてやっと自然に視線が合う。それでも、彼女は友達で、自分は彼女の兄貴分だった。
「佐世保って、九州だろ。肥前さんがいるって言ってた」
「わたしと入れ違いに長門が呉から横須賀に来ます。わたしの姉で、わたしとそっくりなのですって」
「そっくりでも陸奥じゃねえよ」
「そんなことをおっしゃって、きっと北条にいさまには見分けがつかないわ」
 ころころと陸奥が笑う。裏腹にぎゅっと手に力が入るから、北条は出来るだけしっかりと握り返した。
「コーシまではこっちにいるんだよな?」
「はい。館山沖で行います。にいさまはご存じでらして?」
「俺のいまの終点あたり。町からすこし離れた岬に神社があって、すごくきれいに海が見える」
「そこから公試も見えるかしら」
 見えるだろうと北条は思った。もしうんと沖でやるとしても、俺が見えないわけがない。だって館山の海は俺の海だから。俺が走る海だから。
「わたしは戦艦だから、これからだって横須賀に来ることもあるでしょう。浦賀水道を通るとき、きっとにいさまにご挨拶するわ。走っているにいさまをかならず見つけるわ」
「俺も手紙を書く。電信も打つ。陸奥が来たら、汽笛を鳴らして、俺がここにいるって知らせてやる」
「きっと、きっとね」
 陸奥が笑う。それは以前、たった一度だけ会った時とまったく同じ笑顔だった。北条も笑って、進水おめでとうと告げた。彼女を言祝ぐために、彼ははるばるここまで来たのだった。


 帰りは東京まで三人旅だった。北条たちはパンに野菜やコロッケをはさんだ弁当を横須賀線の車中で食べた。随分とモダンで、握り飯より手を汚さない。自分の車内で売れないものかと考えたが、パンは腹に力が入らねぇと総武が言っていたのを思い出し、どうしたものかと思案する。
 東京では房総ひとりが待っていた。横須賀とおフネさんに挨拶して、北条たちは乗り継ぎ列車に乗り込んだ。横須賀たちは少し東京見物をして帰るという。「あまりオカには馴染みがございませんからね」とおフネさんが言っていたので、そういうことなのだろう。なにがあったかとしきりに房総が問うてきたが、総武さんに報告してからのひとことで黙らせた。
 そうして車窓を眺めて気が付いた。横須賀から北条まで、乗り継げば列車で行き来出来る。だったら佐世保だって同じだ。東海道本線に山陽本線を乗り継いで、時間はかかるけれども、ちゃんと自分の縄張りから佐世保までつながっているではないか。あんまり愉快になって、北条は声を立てて笑った。
 うろんげに北条を眺めていた(なんだか始終しかめっ面だ)房総は、そういえばよぅ、と北条に問うた。
「お前ェ、すげえひとと知り合いになったんだな」
「誰のことだィ?」
「あの姉さんだよ。なんだお前ェ、名前聞いてねぇのか」
「……そういや聞いてねぇ」
「あのひとァ三笠だ、名前くれぇ知ってんだろ?」
 みかさ、ってなんだっけ。
 記憶を辿り、思い至って、北条は馬鹿みたいな大声を上げた。
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